Hiroshi’s 3D diary

海外短波放送、3Dプリンターで作成したパズルの世界。記事中の時間はUTCです。

NDXC50周年記念ミーティング

今年2026年で50周年を迎えたNDXCの記念ミーディングと祝賀会が開催された。全国から多くの出席があり大いに盛り上がった。一口に50年といってもその間DX/BCLに対する環境は激変した。

今までの情報収集と、これからのNDXCの在り方など議論も交わした。充実した有意義な記念ミーティングとなった。

 

黄色尽くし

なんと一年ぶりの書き込みである。2026年の2月8日は選挙の投票日。予想通りの結果と言えばそれまで。ほぼ毎週土日はどこかに出かけて歩き回っている。

その前日2月7日、三河田原駅まで2年ぶりに渥美線に乗った。田原城跡から、加治の菜の花畑まで約一時間以上歩いた。広大な敷地に黄色一色である。

道の駅へ寄り、田原駅から帰途に就いた。

その名古屋駅で、JR西日本ドクターイエローの到着を見ることができた。年に2回は見ているので珍しくはないが、JR東海のそれは引退しており、見られる頻度は減っている。黄色が目についた今年の2月7日であった。

 



 

2月8日ふたばの日

積雪3㎝程度の雪化粧、名古屋市内にある国登録有形文化財の一つ「文化のみち二葉館」へ出かけた。普段は訪れる人もなく閑散としているが、きょうは開館前から長蛇の列である。

特別に無料開放と、イベント開催のためだが、決して広くはない建物内も満員である。

午前中に雪もなくなり、この後、名古屋市指定有形文化財の「揚輝荘」を訪ねた。100円の入館料でゆったりとくつろぐことができた。

歩数は昨日の6000歩に続き、きょうは9800歩に達した。

 

コメ不足

2024年大晦日、月並みだが、今年もいろいろなことがあった。この年令で過去最長の距離を歩いた。ほぼ毎週土日は一日10㎞前後を踏破、6月末の雨の中の歩きは印象に残る。これまでに見ることのなかった各地の文化遺産などを訪れることができた。

その保存維持にはどこも大変な様子で苦労がうかがえる。やはり空き家になっている無人文化財の老朽化が見て取れる。

 

いまだにコメ不足とは言わないまでも、この8月以降の価格高騰は異常である。NHKテレビの東南海地震情報の過剰報道で、コメの買いだめが始まった。多くのメディアは空になったコメ売り場は伝えるが、その原因は無視を続けている。スーパーのコメ売り場は種類も減り、無洗米が姿を消している。5店舗見たがどこにもなかった。全国的に有名な銘柄が減り、あまり目にすることのない銘柄が目に付くこの頃である。

 

それでも国内外を問わず、人の動きは活発である。ウォーキングに出かける最寄り駅までは満員でも、町の中は閑散としている。特定なところに人が集中しているようだ。そして今年、65年間、何台も乗り続けた車を手放した。この10年ほど、利用することが少なかったので全く不便はない。

伊勢湾台風65年

一つの台風で5000人以上もの死者を出したのはこの台風以外にない。今のように何日も前から台風が来るといった予報は全くなく、1959年9月26日夕方にいきなり暴風雨になったという感じだ。夕方5時代もまだ路面電車は動いていた。路線バスも風雨の中動いており、途中まで乗ることができた。あとは2㎞程風雨の中歩いて帰宅したことを覚えている。

高潮のため、貯木場から大木が流れ出し多くの家屋が破壊され、被害を一層大きくした。

木曽三川にかかる道路、鉄道はことごとく破壊された。近鉄名古屋線はこれまでの狭軌から標準軌道で復旧させ、大阪への直通運転が可能となった。

令和6年6月6日

同じ数字が並ぶ日付は元号が一桁であれば毎年存在する。昨年の5月5日以来である。そんな6並びに、鉄道各社が記念乗車券を発売した。通常は西暦で刻印されるが、元号で刻印した入場券を販売していた。

郵便の押印は基本的に元号で行われている。平日でもある6日に、幾つかの地方郵便局を訪問した。

近鉄四日市駅名鉄大曽根駅、各郵便局押印

 

よく歩きました

毎週土日はこれまでと同じだが、今年に入ってからは週3~4日のペースで歩いている。最寄駅から一日10㎞前後のウォーキングである。

最近では4月中旬から5月16日までほぼ毎日のペースで歩いた。平日のウォーキングということで、いくつかの市役所、役場などに立ち寄り、「流域治水カード」を集めた。

庄内川流域の関係自治体などが治水事業の理解を深める目的でカードを発行している。一ヶ所だけすでに配布終了で入手できなかったが、あと30ヶ所はすべて入手できた。

これ以外にも出しているが、配布時期は未定のようだ。30ヶ所31種類、すべてを最寄駅から歩いて入手した。

入手できた31種類の治水カード